Sukiyaki Restaurant IMA-ASA since 1880
すき焼今朝ロゴ
すき焼今朝
  • English (United States)
  • 日本語
コラム

人参

今朝通信 第62号
『汽笛一聲…上機嫌』
すき焼今朝 五代目当主

近年、カロテンには抗癌作用があるとわかり、気楽に飲める健康飲料として、人参ジュースは密かに人気があるそうです。人参そのままよりも檸檬汁を加えたり、果物の果汁と合わせたものが多く出回り、メーカーによりそれぞれ味わいが微妙に異なっています。

この代表的な有色野菜の「人参」は中近東に分布する野生種が、アフガニスタン北部で栽培が始まり、ヒンズークシ山脈の北側では黄色の人参が優勢で、南側では赤紫色と黒色の人参が優勢でした。北側から西にペルシア、アナトリアを経て、十三世紀に欧州に伝わったものが「欧州型( 西洋系)」になり、逆に南側から印度を経てシルクロードを伝わり、中国に伝播したのが「亞細亞(アジア)型(東洋系)」として分化して行きました。

理由はまだ明らかにされていませんが、薄い黄色から黒色まであった人参も、次第に黄色系が主体となり、十五世紀以降、オランダで花開いた品種改良により、黄色から芯まで(ダイダイ)色のものが生まれたようです。

十七世紀頃の書物に記録があることから、日本には亞細亞型が最初に伝わり、かなり短い期間に全国に広がりをみせ、主要野菜のひとつとなりました。江戸時代に栽培された亞細亞型の品種には、赤、白、黄、紫赤色など多彩な色があり、亞細亞型の品種は肉質が柔らかく、醤油を使った煮物に適し、第二次大戦後まで利用されていました。

明治、大正時代の主要品種「瀧の川大長」は広く栽培されていましたが、一九七〇年代に欧州型に圧倒され、今では殆ど見掛けなくなり、唯一実用栽培されているのが「金時」です。主に関西以西の秋冬人参として、長さ三〇センチ、太さ六センチ程度の鮮紅色で肉質は柔らかくて甘く、人参臭の少ない品種です。この色の正体はリコピンで、トマトと同じ色素を持ち、東京では「京人参」として、高級スーパーでたまに見掛けます。

更に古く、根の形が人の形に似ていることから名付けられた薬用植物「御種人蔘(オタネニンジン)(朝鮮人参)」は、七三九(天平十一)年に中国の渤海の使節が日本の朝廷に進上した記録があり、正倉院には今もその頃の朝鮮人参が保管されているそうです。しかしながら、こちらは五加木(ウコギ)科の多年草で、野菜の人参とは全く別物です。八大将軍、徳川吉宗が対馬藩に命じて、朝鮮より種と苗を入手させて、日光の御薬園で試植の後、各地の大名に「御種」を分け、栽培を奨励したことにより、「御種人参」と呼ばれています。

野菜の人参は西域(胡)から来た大根と云う意味で「胡羅葡(コラフク)」と呼ばれ、日本で古くから知られていた薬用人参と区別して「(セリ)人参」と呼ばれましたが、味もよく貯蔵しやすいことから、食用として広がると、いつしか芹が取れて「人参」となりました。

欧州型の最初は江戸後期、長崎での栽培と云われる「羊角(ヨウカク)人参」で、これが現在の「黒田五寸」となり、ほぼ全国的に行き渡っています。欧州型は根の長さにより、早生で円錐形の三寸、五寸との間の四寸も育成されましたが、現在の実用品種は、五寸が主体です。黒田五寸は(トウ)が立ちやすいものの、金時人参よりも太く、円筒形で肉色も芯色も濃橙紅色で緻密な上、甘味が強く、人参臭が少なく、品質がよいとされています。そしてこの系統の一代雑種(F1)の「向陽二号」が五寸人参の中心となっています。

他にはサラダ用に長さが十センチほどの「ミニキャロット」、沖縄だけでしか栽培されていない「島人参」、長さが六十~ 七十センチにもなる「国分大長(コクブオオナガ)」もありますが、こちらは正月料理用に僅かに出荷されるだけです。他に京都では夏の葉物として、若い人参の葉を「葉人参」「人参菜」と呼び、お浸しや和へ物に用いています。この若葉には根の二倍以上のビタミンAが含まれ、ビタミンCやカルシウムも多いので、お勧めです。

かつて人参と云えば、その特有な臭いが苦手な方が大勢いましたが、食卓の洋風化に伴い、亞細亞系から欧州系が主流となり、健康志向と相まって、品種改良が進み、カロテンが豊富で臭いの少ないものが多く出回るようになりました。本来春に播いて秋に収穫するものでしたが、暖地では逆に夏に播いて冬に収穫が可能であり、一年中生産されています。

一八九四年に出版されたルナールの小説『人参』は、作家の幼少期の体験を元にし、赤い髪とそばかすのある顔から「人参」と渾名された少年の物語です。岩波文庫に収録された岸田国士の翻訳が有名です。

ビタミンAは特に野菜の中でも人参に多く含まれ、脂溶性のため、生よりも油と調理した方が効率よく摂取できます。甘味を活かしたポタージュスープやケーキにして人参を召し上がって頂いても、美味しいですね。

二〇一五年春号